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音楽業界的な理系と文系 その1

時々、人を理系と文系の2つのどちらかに分けてしまう極端な人がいたりする。

何もすべての人が現時点で志望校を絞って入試を受ける訳ではないので、当たり前だが人間を2種類にスパッと切り分けるのはちょっと安易だと思う。

実際は発想の方法論として、理系的なアプローチと文系的なアプローチがあり、どちらかという極論ではなく、ケースバイケースで双方を使い分けたり平行したり、ということであろう。

理系的人種とか文系的人種とか、それの差別とか非差別とか、また占いとかでなく、思考の道筋の方法論のことであると思う。



僕の考える理系的なアプローチは、極力感情論を排しつつも、データや事例や経験の蓄積やそれに基づく推測で、可能な限り真実に近づいて行こうという、思考の道筋のことと考えている。

僕の考える文系的なアプローチは、社会と個の関係性を基本に、人と人、人と社会、その営みの先に真実があり、社会に対してそれをどう生かして行くかという、思考の道筋のことと考えている。

多くの人は生きる上でどちらかでなく両方を使い分けていると思うが、やはり得意不得意があり、人それぞれぞれに理系的傾向とか文系的傾向があるように思う。



長い前置きだったが、僕は発想が理系的傾向が強いようだ。

隣人らもそう見ているようだ。

この長い前置きからも言えるが、僕は先ず結論というより前提条件がはっきりしないと論を進め難い。

多分「あなたは文系が嫌いなの?」とか「これは理系擁護論だな」とか思う人もいるかもしれないが、そういう「好き嫌い」で物事を考えることが苦手だ。

ということで、僕は強い理系的発想をする傾向が解ってもらえたと思う。



あるアレンジのデモのプレゼンの場である。

恥ずかしながら失敗例を書く勇気がないので、最終的には上手くいった例を書こうと思う。

オケは打ち込み部分は完成で、部分的に生楽器に差し替える予定で、仮歌は無くシンセでガイドメロを入れてある状況だ。

僕「アレンジのデモが出来ましたので、先ずは聞いてみて下さい。」

ディレクター氏「うむ」

僕「いかがでしたか?」

ディレクター氏「うーん・・・悪くないけどなんかグッとこないなぁ・・・」

僕「グッととは・・・? サビの盛り上がり方が足りないということですか?」

ディレクター氏「うーん・・・そこは悪くないんだけど・・・」

僕「もしかしてイントロの最初のインパクトが足りないですか?」

ディレクター氏「うーん・・・」

僕「わかりました。取り敢えず生楽器をダビングして、歌入れのときに考えましょうか?」

ディレクター氏「うーん・・・そうしようか・・・」

後日、生楽器をダビング。

ディレクター氏「アレンジ、悪くないねぇ・・・」

そして歌入れ時のテスト録音。

ディレクター氏「いいねぇ!グッとくるねぇ!」

僕「ずっとドキドキしてました。ほっとしました。」

ディレクター氏「何言ってんの。もっと自信持ったら。俺が見込んであんたに頼んだんだからね。」

見事に理系的発想と文系的発想の食い違い。



きっと、ディレクター氏は僕と何回も仕事して気心が知れているつもりだったし、周囲の人達にリサーチしても悪い評判は聞いていないので、僕にオーダーしたのだろう。

そして、「方向性が違う」とか「この音手抜きだろう」とか「こいつの才能は枯れたな」とか何か根本的な問題あれば、すぐにダメ出しや最悪このプロジェクトはクビになったであろう。

多分、ディレクター氏の「うーん・・・悪くないけどなんかグッとこないなぁ・・・」に対して「生楽器入れて歌入れればバッチリですよ。多分ガイドメロだからグッとこないだけですよ。」と受け答えれば良かったのであろう。

推測するに、ディレクター氏は歌手の力量であったりメロディや詩に対しても、グッとはきてなかったのだろう。

歌手も過去の作品ではいい歌を歌っているし、作詞家も作曲家も実績も実力もあるし。

でも、どんないいメンバーが集まっても100%上手くいくとは限らないのがクリエイティブの現場の宿命であろう。

作品の出来上がりに対して最終的責任があるディレクター氏は尚更であろう。

そして、ディレクター氏にとって「グッとくる」というのは、感情がうごかされて「これはいける!」と思う事なのだろう。

結局は最終局面でしかその感情は味わい難いことはディレクター氏も百も承知していたであろうし、だからこそ「バッチリです」「いけますよ」「売れますよ」とかポジティブな言葉を聞いて、できるだけ前向きに仕事を進めたかったのだろう。



対して僕は、ディレクター氏の感情やプロジェクト全体の空気よりも、細部を見てしまう。

例えば、サビのストリングスのソフトを別のにして高域をちょっと持ち上げてハデすれば良かったとか、イントロに意外性のあるシンセ音をいれれば良かったとか、全体の音の質感をアナログのアウトボードを通して暖かみのある感じにすればよかったとか。

細かい作業や選択の積み重ねの先に、きっと素晴らしい音楽があると信じているので、気が付くと相手にもその理系的なアプローチを求めてしまっている。

人と人、人と社会、その営みの先に真実があると考えている文系的なアプローチのディレクター氏とは、余程注意しないとコミュニケーションの道筋が食い違ってしまう。




この音楽業界では理系的発想をする人は少数派だ。

今までは、そういう人は別業界に生きる道があり、人間が大好きな人が音楽業界を志す傾向があったように思う。

しかし、デジタル技術の発達によるイノベーションの波は、音楽業界にも明らかに押し寄せている。

今まではレコーデイングエンジニアやコンピュターマニュピレーターとか一部の人しか出来なかった理系的発想を、音楽業界のあらゆる職種に求められていると思う。

もちろん、文系的発想を捨て去る必要はまったく無く、これからはケースバイケースで使い分けたり平行したりする柔軟性が求められていくのではないだろうか?

この話題はもう少し続けて、自分に中でもっと深めていけたらと思っている。

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