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第2回 何が変わって何が変わらないのか 〜これからの演歌歌謡曲業界〜

今から18年前に音楽でメシが食えるようになり、それから完全な在宅ワークになり、5年で体重が15kg増えた。

喘息の持病があるので、月1回の定期検診を受けているのだが、血液検査の結果「脂肪肝」と診断され、体重を落とすよう医師からの指導があった。

それからジムに通ったが、体脂肪は少しずつ減るのだが、なかなか体重は落ちず3年たった。

まあ、筋肉がついて代謝が良くなり食欲がでてきて、たくさんメシを食ったというわけだ。

やはり有酸素運動かと思い、毎日のように5kmのジョギングと筋トレをしたが、8kgほど痩せたが体重は元に戻らず4年たった。

有酸素運動と筋トレだけでは健康になってもあまり痩せないことがわかった。

ダイエット始めて7年で8kg減じゃヤバいでしょ。



ある時、血糖値を上げずにインシュリンが出難い食事(炊飯器を捨てた!)、今でいう低炭水化物ダイエットを始めたところ、みるみる体重が落ちて、トータル15kg減にになり、ダイエットに成功したが、残念なことに10年の歳月がかかった。

ただ注意点として、低炭水化物を徹底しすぎると、筋肉を分解してエネルギーにして基礎代謝が落ちるので、玄米とか全粒粉パスタとかで、血糖値を上げずに炭水化物をとることをお薦めする。

そのおかげで、オッサンにしてはまあまあの体型ではないかと思うが、やはり10年は長過ぎるでしょ。



やはり、在宅ワークは太りやすい。

そして、有酸素運動も筋トレもそんなに痩せない。

とにかく食べ過ぎないこと、これに尽きる。

ストレスでお菓子を食べるなどもってのほかで、酒を飲むならビールと日本酒と白ワインはやめて、赤ワインと焼酎、ウイスキーなどにすることだ。

それと、3食を決まった時間に食べるのではなく、お腹が空いたら食べる方が良いと思う。

在宅ワークは、身体より脳がエネルギーを消費する働き方なので、仕事に集中したら腹が減るし、仕事がヒマだと腹は減らない。



前回に続き「何が変わって何が変わらないのか 〜これからの演歌歌謡曲業界〜」なのだが、掴みのつもりが在宅ワークの肥満について、つい書きすぎてしまった。

音楽全体で言えば、YouTubeで音楽を聴く人が圧倒的な状況だが、リスナーにシニア層が多い演歌歌謡業界は、CDやカセットテープで聴いている人がまだまだ多い。

この状況があと10年続くとは思えないが、今それを敢えて切ってしまう必然性はない。

実際売れるなら売るわけだが、そのあとの準備も今からしておいた方が良いと思う。

楽しむなら動画の方が良いが、何かしながらのBGMならば、音だけの方が都合が良い。

SpotifyAmazon Prime Musicなど、僕はそのユーザーだが、音質も向上してきて使いかっても良い。

もちろん無料で楽しむことも可能だが、僕には定額制のサービスを掘り下げて考えていきたい。

YouTubeの無料でも著作権印税は少額だが入ってくるのだが、原盤制作(録音)の費用を考えるという意味で、定額制の未来についてもっと考えていきたい。

掴みを書きすぎたので、今回はこの辺で。

第1回 何が変わって何が変わらないのか 〜これからの演歌歌謡曲業界〜

僕の在宅ワーク歴はそこそこ長い。

作編曲でメシを食えるようになってから18年、その前の兼業音楽家時代が9年、計27年になる。

新型コロナウイルスのパンデミックが起きている現在も、特に生活スタイルは変わらない。

ただ、仕事がなくなった。

たぶん、在宅ワークで完結できる編曲家としてのオファーであったと思うが、3月に受注した仕事があったので、ありがたいことに4月の下旬までは仕事で忙しい日々を過ごすことができた。

今年は新年早々から例年以上の仕事の依頼があり、少々舞い上がっていたのかもしれない。

僕は同時に複数のことができないシングルタスクタイプで、その上深い集中で没頭して仕事をしてしまうので、仕事が切れてから我に返り、浦島太郎のような気分でふわふわした感じでしばらく過ごしていた。

ライフスタイルの変化がないので、自分ごととして受け入れるには、少々時間がかかった。

これから何が変わって、何が変わらないのか。

僕は、多くを語るほどの実績や地位はないし、音楽業界の特に演歌歌謡業界という狭いところでしか語れないが、そして大外れの連発かもしれないが、微力ながら、これから何回か続けて書いていこうと思っている。




ひとくちに音楽業界と言っても、演歌歌謡曲業界は他と違う「古い」構造で成り立っている。

世俗的伝統文化(たぶん僕の造語)なので「古さ」も重要な要素だ。



1、CDのセールス

某集団アイドルグループのようなミリオンセラーは出ないが、あまり知名度のない歌手やセミプロでも、2000枚から5000枚程度のセールスがあり、それなりに歌手やプロダクションやレコードメーカーにお金が回る仕組みがある。



2、ナイト店を中心としたカラオケ文化

ナイト店とは、ナイトクラブ、スナック、ラウンジ、カラオケバー、ガールズバー、ホストクラブ、キャバクラ、カラオケ喫茶(昼営業だが)、カラオケボックスなど、飲食と接客(ない店もある)とカラオケを楽しむ店の総称だ。

立場上あまり詳しくは書けないが、ナイト店自体の売り上げ、カラオケ事業会社の収益、歌手のナイト店営業などの収益とCDやグッズの売り上げ、著作権印税(特に音楽出版社)などの収益の積み重ねが、演歌歌謡業界全体を支えている。



3、カラオケ教室

趣味として、健康のため、またはプロへの夢をの実現のため、カラオケ教室に通う人は多い。

僕が入会している日本作曲家協会の会員のほとんどが、カラオケ講師や歌唱指導者でもある。

一つ一つの規模は小さくても全部をまとめれば、事業規模はレコードメーカー全体より大きいかもしれない。



4、カラオケ大会(カラオケコンテスト)

全国津々浦々で行われるカラオケ大会は、プロへの登竜門であり、カラオケ教室の発表の場であり、プロ歌手のプロモーションの場でもある。

その参加料の蓄積が、全国のカラオケ文化を支え、延いては演歌歌謡業界を支える事に繋がっている。

また、運営側から支払われる審査料が、作詩作曲家編曲家の収益の大きな柱になっている側面もある。

莫大な著作権印税収入のある作家は、ほんの1部のスター作家だけなのである。



5、全国津々浦々を巡業するコンサートツアー

ある程度の知名度のある歌手が行うコンサートツアーは、ファンの年齢層が高く遠隔地に足を運び難いので、全国津々浦々の公民館や市民ホールなどの中小規模のホールをきめ細かく巡業する。

その公演数は、J-POP系のアーティストでは考えられない回数だ。



6、歌番組

ホールなどで収録する、NHKのうたコン、のど自慢、新BS日本のうた、などのTVやラジオの歌番組は、直接の収益はあまり多くはないが、高い年齢層ほど届くメディアなので、プロモーションに果たす役割は大きい。



7、オーケストラの同時録音による原盤制作のスタイル

これは業界の収益というより、制作側(僕はこちら)の部分だ。

25名以上のミュージシャンによる同時録音は、それに適した大規模なレコーディングスタジオ、同録に特化したレコーディングエンジニア、ミュージシャンのコーディネートをするインペク屋、総譜の書ける編曲家、パートごとの譜面作りを行う写譜屋など、多くのスタッフが携わっている。



現在、上記の全てが止まっている。

全て、直接的にも間接的にもソーシャルディスタンス(社会的距離)を保つことが困難だからだ。

また、スタジオやホールや教室は気密性の高い現場でもある。

加えて、ファンやリスナーの年齢性も高い。

「何が変わって何が変わらないのか」は、考えて考え抜くべきテーマだと思う。

ブレインストーミング気分で、ゆるゆると、お付き合い願いたい。


なんでミュージシャンなのか?(その5)

最近、ここ3年くらい、赤ワイン(ボルドー系のミドルとフルボディ)好きが高じて、赤ワインに合うか合わないかで食べるものを決めるようになった。

砂糖やみりんを使った味付けだと、赤ワインの成分のタンニンと非常に相性が悪い。

タンニンをわかりやすく言うと、渋柿の「渋い」成分のことだ。

海鮮系の生もの(寿司とか刺身とか)との相性も悪く、タンニンの渋さが繊細な生の海鮮の旨味を消してしまい、生臭さばかりが口に残ってしまう。(因みにタンニンが優しいブルゴーニュ系の赤ワインは寿司との相性は悪くない)

手っ取り早く言えば、和食とボルドー系の赤ワインの相性はあまり良くない。

そのおかげで、家でも外でもイタリアやフランス、スペイン、ポルトガルなどの、南欧系の料理ばかり食べるようになった。

家でも外でも、ビストロとかバルとかトラットリア、なんて感じになってきた。

その挙句、思い余ってまだ使える炊飯器を捨ててしまい、家でご飯を炊くこともなくなった。

ところで、最近、酒の席とかで「炊飯器を捨てた」と言うと、どう言うわけか盛り上がる。

僕の顔つきが、日本人というよりもラテン人ぽく見えるせいだろうか。

もしかしたら、よっぽどのバカにみえるのだろうか。

・・・わからん。

まあ、グダグダな話は置いといて。

なんでミュージシャンなのか?(その4)の続きで、プロとして必要な能力の「需要を掘りおこす能力」について書いてみる。



2、需要を掘りおこす能力があること


演歌歌謡業界は、日本というより世界的に珍しく、オーケストラの同時録音のスタイルが標準だ。

大規模なスタジオに、リズムセクション、ストリングス、管楽器など、総勢25名前後のミュージシャンが一堂に会して演奏する現場は、壮観である。

また、アレンジャー以外にも、メーカーのディレクター、エンジニア、写譜屋、インペク屋、など多くのスタッフが関わる。

セッションの規模が大きい分、どうしても高コストである。

しかし、昔と収益構造が変わってしまって、制作費のコストを下げることが必要になってきている。

僕の場合は、生楽器のシミュレーションに長けたプログラミングができるので(と言うか、これが売り)、生演奏好きな歌手や制作スタッフがコストの面で諦めていたことが可能であることを、評価していただいている。

僕としては、生でないことを言い訳にしたくないだけで、本当はアレンジのセンスや工夫を見て欲しいのだが、まあ、切り口としての生楽器シミュレーションはありなのだろう。

「生楽器のシミュレーションに長けたプログラミング技術」も、需要を掘り起こす能力と言えるだろう。


僕は、自宅に2畳ほどの録音ブースのある小さなスタジオを持っている。

さすがにドラムは難しいが、ほどんどの楽器のダビングを行なうことが可能だ。

録音機材も、通常の商業スタジオに準ずる程度のものは取り揃えている。

Vocalダビングも普通に行なっており、ピッチやリズムの編集も普通のエンジニアさん程度にはできる。

謂わば、スタジオ付きアレンジャー兼エンジニアである。

これらを武器に、今までの制作スタイルとは違う提案をして、クライアントはコストを抑えられ、僕はアレンジャー以外の収入が得られ、お互いにハッピーな関係を作り出せる。


自分の事例ばかりで恐縮であるが、クオリティを落とさずにコスト削減の提案ができれば、需要を掘りおこすことは可能だと思う。

アレンジャーもする、エンジニアもする、写譜もする、スタジオもある、というように、1人で何役もできることが、これからの時代に、クリエイトを仕事とする人々に求められているのだと思う。

これからはそれだけでなく、動画編集や、プログラミング言語でコードが書けたり、イラストなど平面上のデザインができたり、カメラマンとしての能力、文章を書ける能力など、マルチな才能が求められていくと思う。

AIなどを駆使して学習や作業の過程を効率化し、過去からは考えられないマルチな才能を発揮する人が、これからは多く生まれてくると思っている。

というか、もう実際に活躍している。

時代とか、不器用とか、昭和とか、アナログとか、出来ない言い訳を考えるヒマがあったら、先ずは、好奇心をもってどんどんやってみた方が良いと思っている。

また、そういう自分でありたいと、強く思っている。

オリコン「週間アルバムランキング」110位「中澤卓也(日本クラウン)/繋ぐVol.2〜カバーソングス"NO BORDER"〜」

僕が全曲を編曲させていただいた、中澤卓也さんカバーアルバムが、12/16付けのオリコン週間アルバムランキング300において、110位にランキングされた。

僕にとっては、シングルがオリコンのランキングに入ることは時々あるが、アルバムのランキングは初めてだ。



中澤卓也さんは2017年に「第59回 輝く! 日本レコード大賞」において新人賞を受賞した、演歌歌謡業界の将来を担う逸材だ。

年齢も24歳とのことで、若き才能と仕事をできたことは、僕にとって素晴らしい経験だった。

Vocalダビングに立ち会わせていただいたが、もちろん抜群の歌唱力であるが、僕が驚いたのは、ディレクターとコミュニケーションをとりながらも、歌の表現方法を自分で考え、プレイバックを聞いて自分で判断し、尚且つリーダーシップを取りながらも、関係者の意見をまとめ上げる力量だ。

常々考えていることだが、上手いだけでは現場で実力を発揮することは難しい。

ディレクターも所属事務所の関係者も、彼の才能を暖かく見守り育てようという愛情が感じられた素晴らしい現場だった。



そのカバーアルバムは、タイトルに「NO BORDER」を入れるだけあって、ジャンルの垣根を超えた選曲だ。

曲目は、「桜/コブクロ」「新潟ブルース/美川憲一」「おまえとふたり/五木ひろし」「哀愁列車/三橋美智也」「ブルースカイブルー/西城秀樹」「恋するお店/前川清」「冬隣/ちあきなおみ」。

「冬隣」は中澤さんとディレクターのオーダーを生かした僕の独自の編曲をさせていただいたが、他6曲はオリジナルの編曲をリスペクトした編曲を行なった。

と言っても、中澤さんの声のキャラクターを生かした、様々なオリジナルにない工夫を凝らした編曲に仕上げたので、興味のあるかたは是非聞いていただきたい。



中澤さんがあるTV番組で生バンドをバックに「恋するお店」を歌っている動画がある。

誰もがその素晴らしい歌唱力を感じとれると思う。

なんでミュージシャンなのか?(その4)の補足

前回書いた「なんでミュージシャンなのか?(その4)」において、まるで「ディレクターの言うことを聞くな」的に受け取られかねない書き方をしてしまったので、その部分の補足説明をする。

多くのメーカーのディレクターは、アレンジの依頼の前に関係各所の意見を取りまとめて、オーダーをする。

その中でも優秀なディレクターは、取りまとめるだけではなく、ビジョンを示して関係各所を説得し、納得させて、創造性のある仕事をする。

もちろん、それが解っているならその指示に従えば良いわけだ。

そんなディレクターとの仕事なら、メールのやり取りだけでも充分対応できる。

問題は初対面の場合だ。

たとえば、歌手の師匠が作曲家で、尚且つ業界で影響力のある人だった場合、作曲家が主導権を持っている場合が多い。

それが初対面での打ち合わせで、作曲家の主導権がはっきり解ればよいが、それぞれが遠慮しあって、注意深く話を聞かないと解らない時もある。

そう、関係者が何度も仕事をしているチームならよいが、そうではない時は結構遠慮しあって、気を使いあって、なかなか本当のオーダーが解らない。

もっと危険なのは、初対面なのにメールのやり取りだけで打ち合わせ無しで仕事をすることだ。

そういう中でも仕事を成功させるには、注意深さと想像力が必要だ。

どんなに技術があって発想力があっても、それだけでは「今ある需要に応える能力」があるとは言えないわけだ。

なんでミュージシャンなのか?(その4)

プロでもセミプロでもアマチュアでも、情熱と計画性をもって、挫折を乗り越えて音楽を続けることは素晴らしい。

しかし、モラトリアムや逃避や依存の罠に嵌って、周囲を巻き込んで不幸の連鎖に陥っている人も時々見かける。

挫折の繰り返しの先にあるもの。

プロになることが、そのゴールなのだろうか。

いや、プロになってからも挫折は続くので、それも通過点なのかもしれない。

やはり、挫折は生涯繰り返すもので、そこから立ち上がれなくなった時が引退の潮時、と僕は考えている。

「挫折の繰り返しの先にある、モラトリアムや逃避や依存の罠」は非常に重要なテーマなのだが、それを書く前にその対比として、今回は、音楽家のプロというものについて、詳しく書いていこうと思う。



プロであることは、簡単に言えば「需要に対応できる能力のある人」である。

しかし、その需要というものは、マス(集団、大衆)の心理や感情、テクノロジーの進歩、景気動向や為替相場まで関係する、言わば「変数」のようなもので、その実像を掴み切れる人は少数であるし、その人々は誰もが名を知る成功者である。

それを踏まえて、僕はプロとして必要な能力を3つに分類している。
もちろん、演奏力や創作力、編曲などのスキルは、プロのレベルに達していることは前提条件として。

1、今ある需要に応える能力があること
2、需要を掘りおこす能力があること
3、需要を創造する能力があること

僕は1、と2、が少々といったところか。

その3つの能力について、掘り下げて書いてみよう。



1、今ある需要に応える能力があること

この能力にはミクロとマクロの視点が必要だ。

ミクロの視点の例で僕の現場での例をあげると、編曲の打ち合わせ時は、メーカーのディレクター、作曲家、歌手、事務所のマネージャーが同席することが多い。

最近はメールのやり取りで終わることも多くなってきたが、僕には顔を合わせて打ち合わせする方が、後々に問題が起こり難いように思う。

なぜなら、譜面や音源や言葉の裏にある、本当の要望が探れるからだ。

メールのやり取りだけだと、ディレクター視線(場合により作曲家)だけになる危険性がある。

重要なのは「誰が原盤権を持つか」で、その制作費を出す人の要望を探ることがその仕事の成功に繋がるように思う。

例えば、原盤制作費が事務所持ちで、歌手の有力な支援者が事務所から多数のCDを買い取り、それが原盤制作費の原資になる案件があったとする。

ディレクターがシンプルでオーソドックな編曲のオーダーだったとしても、歌手や支援者サイドではできるだけ派手でドラマチックであって欲しいと思っているようなケースは意外に多い。

その支援者が打ち合わせに同席していない場合、世間話などをしながらマネージャーや歌手から探っていくしかない。

注意しなければならないのは、メーカーと事務所で折半で原盤制作費を持つ場合だ。

普通は事前に話がまとまっていることも多いのだが、それぞれの意見が違うことも稀にはある。

僕の経験上、意見の違うそれぞれのオーダーをききながら編曲すると、可もなく不可もない味の薄い作品になってしまうことが多い。

どのケースであっても、全員一致の意見は「ヒット」なので、そんな仕事をしたら次は無いと思う。

そんな案件では、僕は歌手が歌って幸せになれるような編曲を先ずは考え、それから可能な限り他の意見を取り入れるようにする。

ただ、経験の浅い歌手の場合、自分の歌いたい歌とファン層が望む歌とのズレがある場合がある。

その場合は誰が一番主導権をとっているかの見極めが大切だ。



マクロの視点では、自分の軸足がどこかをはっきりさせることが重要だ。

選択する側に対して、何が得意か、何を任せれば安心か、はっきりとした解りやすさが必要だ。

なんでもできる才能を売りにしても、選択し難い才能と思われやすい。

どんなに才能豊かであっても、先ずはキャッチフレーズが必要だ。

僕は自分のことを、ジャンルを問わずに歌ものも劇伴もレコーディングエンジニアもできるサウンドプロデューサーと思っているが、「歌もの編曲のDeep寿」とアピールするようにしている。

信頼を掴んだところで、いろいろ広げていった方が良いと思う。

そのアピールするポイントとして、そこに需要があるという見極めが必要だ。

演歌歌謡曲をバカにする方もいるかもしれないが、そこには日本の年齢別人口の中で最も人数が多く、今だにCDを買っていただける分厚い層があり、都市部だけではなく全国津々浦々まで広がる大きなマーケットがある。

確かに、だれでもいつかはシニアになるわけで、もちろん、その時代時代にあった演歌歌謡曲を常に模索しなければいけないと思う。

僕は、その大きな需要のあるなかで、それを満たし、尚且つ自分の美学を反映させる実力のある編曲家でありたいと思っている。



長くなってしまってので、「2、需要を掘りおこす能力があること」「3、需要を創造する能力があること」については、次回に詳しく書いていこうと思う。

オリコン「週間シングルランキング」143位「海鳥兄弟/義貴(ホリデージャパン)」

僕の編曲した「海鳥兄弟/義貴」が11/4付けのオリコン「週間シングルランキング」で143位、11/18付けで197位にランクインした。

サウンドスキャンという、全国CD販売店のPOSデータを集計した指標の週間ヒットチャート(10/21〜10/27)では、なんと1位だったとのこと。

義貴さんの歌のレコーディングに立ち会い、いろいろとお話させていただいたところ、江差追分全国大会で優勝するなど、数々の民謡のコンクールを総なめした民謡歌手とのこと。

両親ともに民謡歌手とのことで、僕も両親ともにフルート吹きだったので、非常に親近感を感じた。

伸びやかな高音と、溌剌としながらも優しさを感じる歌唱力は、民謡で鍛えられたものなのか、それとも本人の才能か。

きっと、その両方なのだろう。

その誠実な人柄から思うが、その卓越した歌唱力は、きっと人知れずに努力を重ねた末に身につけたものなのであろう。



「海鳥兄弟」は「一歩坂/仁支川峰子」の編曲の時に大変お世話になった、さいとう大三(作詩)さんと泉盛望(作曲)さんの作品だ。

望郷の思いをドラマチックなメロディーに乗せた作品で、アレンジもその作品力に応えられるように全力で取り組んだ。

まだまだヒットというには難しいセールスであるが、演歌の世界は粘り強く地道に努力を続けていると、気がついたら大きなセールにになっていることも多い。

ぜひ大きなヒットになるように、心から祈っている。

プロモーション用のスポット映像が公開されている。





なんでミュージシャンなのか?(その3)

楽器が好きで、演奏が好きで、作曲が好きで始めたのに、音楽をすることが嫌になることがある。

すでにプロミュージシャンの人でも、それを目指している人でも、趣味で音楽をしている人でも、100%の確率で挫折を経験する。

それでも続けている人は、乗り越える努力をしたか、鈍感力を発揮してスルーしたか、敢えて「井の中の蛙」を選択したか、だいたいそれの何れかであろう。

前回「なんでミュージシャンなのか?(その2)」に続きで、今回は「挫折するパターン」について書いてみよう。

挫折の先にあるものについては、次回描いていくつもりだ。



1、どんなに努力しても到底追いつけそうもない才能に出会っての挫折。

スーパースターのミュージシャンに憧れて楽器を始めた人は多いと思うが、名の知れた人の才能に対しては普通は嫉妬はしない。(例外はあるが、その人は大成すると思う。)

しかし、近い年齢や学歴や育った環境や地域など、自分に近いコミュニティーの中でどうにもならない才能に出会ってしまえば、嫉妬し絶望する。

敢然と努力で立ち向かう人、違う方向に転換する人、足を引っ張って陥れる人、諦めながらも惰性で続ける人、敢えて「井の中の蛙」を選択する人など、いろいろな選択肢はある。

しかし、僕の経験上で言えるのは、すごい才能の持ち主も公平に挫折し、そういう人に限って意外と簡単に諦めてしまったりする。

取り敢えずの継続でも乗り越えられる壁も結構多いと思う。

このケースは周りにチヤホヤされていたほど陥りやすい挫折であるが、挫折するヒマがあったら、たとえカッコ悪くても、とにかく食いついて離れるな、と言いたい。



2、親ブロック、嫁ブロック、夫ブロックでの挫折。

親ブロックのケースは、大学の卒業などのライフイベントの節目や、25歳や30歳などの年齢の節目に起きるようだ。

地域や親族のコミュニティーにおいての、所謂「世間体」で反対されることが多いと思う。

その節目の時に充分稼げていれば良いが、アマチュアやセミプロでアルバイトをしながらの状況だと、かなり強力な親ブロックがあるらしい。

また、スタジオやツアーで充分稼げていても、TVに出ていないと認めて貰えないという話もよく聞く。

嫁ブロック夫ブロックは、もちろん結婚や出産で、安定した収入や世間並みの育児を望まれる時に起きる。

どちらにしても、音楽の世界から足を洗って、普通に就職したり、育児をしたり、場合によっては介護をしたり、家族を大切にする生き方は普通に正しい。

しかし、意外と子供の頃から親と確執がある場合も多く、家出して親と縁を切って音楽の世界にのめり込む人もいる。

そうは言っても、妻の妊娠を契機に音楽の世界から足を洗う人も多く、その時の嫁や夫のブロックは最強だ。

音楽の収入がある程度安定してから結婚する手段もあるのだが、その頃には結構歳をとっている可能性が高い。

そうなると、子育てを経験することは難しいように思う。

僕はそのケースだ。



3、フリーランスという立場に疲弊しての挫折。

フリーランスという立場は、組織で守られていないし保証もない。

プロであっても、腕が衰えているわけでもないのに、飽きられただけで仕事が来なくなることもある。

若手との価格競争に負けてしまうこともある。

仕事を取るためには意外と見た目も重要だし、いろいろと情報を発信してセルフブランディングもしなければならない。

音楽以外に社交力も必要で、いろいろな集まりに出席して顔を売らなければならない。

先ずは需要に応えなければ仕事が来ないので、やりたい音楽とか、理想ばかりではメシは食えない。

アマチュアからセミプロになった辺りで、こんな現実を前にして、思い描いていたミュージシャン像とのギャップに心が疲弊して、普通に就職をして足を洗う人も多い。



他にも、練習しすぎて腱鞘炎になったり、歌いすぎて喉にポリープを作ったり、いろいろな理由で挫折することもあるが、取り敢えず上記の3パターンの挫折については、共感できる人も多いのではないだろうか。

しかし、成功者であっても挫折の繰り返しの中で成長してその立場にいるのだろうし、どんなに挫折しても音楽の世界にしがみつく人もいる。

次回はその辺りのことを書いていこうと思う。

なんでミュージシャンなのか?(その2)

前回「なんでミュージシャンなのか?(その1)」の続きで、今回は「楽器を弾き続ける動機」について書いてみよう。


その動機は大雑把に分けて、3つのタイプがあるように思う。

1、演奏する仲間との時間を楽しく共有したり、観客と一体となり喜びを分かち合うライブを行ったり、コミュニケーションが動機で楽器を弾くタイプ。簡単に言えば「ノリの良い人」。

2、人から注目され、賞賛されるような、他者に影響力を行使することが動機で楽器を弾くタイプ。簡単に言えば、「スター志向の人」。

3、目的(プロになりたいとか)にむかって1人でコツコツ積み上げ、演奏力を極めることが動機で楽器を弾くタイプ。簡単に言えば「職人気質の人」。

もちろん、3つともにあるという人や、その時その時で変化する場合もあるだろうが、長いスパンで見た場合3つのタイプのどれかの傾向がある、と大雑把に考えて欲しい。



「1」のタイプは家庭や仲間を大切にするので、バンドの解散、音楽仲間の人間関係の悪化、結婚や出産などのライフイベントなどの理由で、辞めてしまう人が多いように思う。

人としては何も間違っていないが、プロミュージシャンにはあまり向いていないように思う。



「2」のタイプは、エゴイストな傾向があるので、人を踏み台にする場合もままあるが、それでも人に憎まれない人懐こさや愛嬌があれば、ミュージシャンとしてより「スター」として成功するケースは多い。

ただし「スター」になれないと思えばあっさり見切りをつけて、別分野に切り替える変わり身の早さがあるように思う。



「3」のタイプは、どんなに生活が追い詰められても楽器を弾いている強い信念のある人が多いが、才能の限界を見極められずに、辞め時を逸してしまうことも多い。

趣味として楽しめたら良いのだが、それもできずに不器用に貫く人が多いように思う。



リアルで僕を知る人は「Deep寿は職人っぽいから3だな」と思うだろう。

だから「3のタイプがプロミュージシャンに向いているように書いている」と思うことだろう。

しかし、プロとして成功するのは「2」のタイプが多いように思う。

スタジオやツアーでプロとして活躍しているミュージシャンは、皆その楽器の世界では「スター」だ。

「スター」には華がある。

華があるから、お金を払ってまで、聞きたい、観たい、と思うわけだ。

僕も「3」である自覚はあるのだが、「2」の要素がかなり足りないので、もっと華のあるアレンジをするためにも、自己顕示が必要だと思って日々試行錯誤をしている。

「2」のタイプの人とは何か動機が違う気もするが・・・



しかし、華のある「スター」のプロミュージシャンになっても、一部の「大スター」を除いて、あまり稼げていない。

その超一流の情熱で、IITベンチャーを立ち上げたり、行列のできるラーメン店を経営した方が、もっと大きい成功になると思う。

そこでまた、前回の、

「なんでミュージシャンなのか?」

に戻るわけだ。

動機だけでは語れない何かを、次回に書こうと思う。

なんでミュージシャンなのか?(その1)

当たり前の話だが、ミュージシャンは誰でも楽器を弾くきっかけがあるはずだ。

僕は親に物心がつく前に無理やりピアノを弾かされたらしい。

両親ともにミュージシャンなので、生活のなかで楽器を弾く行為は、当たり前のことだったのだろう。

楽器を弾きこなすためには、辛い反復練習がある一定期間必要だが、子供のの頃にそれを叩き込むつもりだったのだろう。

練習しないと叩かれたり、ご飯抜きにされたり、とにかくピアノを弾くことは苦痛だった。

辛い思いで練習しても、残念なことにあまり上達はしなかった。

今では自分の楽器はコンピュータだと思っているが、楽器を弾くという行為は、それでも途切れずに続いている。



異性にモテたいし、カッコいいから、という理由で楽器を弾き始めた人も多いと思う。

そして、バンドを組む、あるいは部活などでブラスバンドやオーケストラに参加するなど、人との繋がりの中で音楽活動を楽しんでいくのだろう

その後、仲間との楽しい思い出を胸に、就職とともに音楽活動を止めていく人も多いと思う。

または、就職しても趣味として続けている人もいるであろうが、人生の大きなイベントがあればそれを優先することは人として当たり前なことであろう。

そういう中で、プロのミュージシャンを目指す人も一握りであるが、確かに存在する。



ミュージシャンはとにかく稼げない。

僕は運がいいことに、今はなんとか食べていけるぐらいに稼げているが、多くの人は厳しい生活の中、バイトなどで糊口をしのいで、それでも楽器を手放さずに生きている。

僕も40過ぎるまではバイトに明け暮れ、最後のバイトは溶接工で、その重労働のおかげで指の7本は腱鞘炎でバネ指だ。

そして、音楽を続けるために離婚もして、いろいろなものを捨ててきた。

それでも諦めなかったから、なんとか食えているのかもしれないが、その情熱を他の仕事で発揮すれば、もっとお金は稼げていたように思う。

「なんでミュージシャンなのか?」

これから何回かに分けて、経験を交えて僕の思うところを書いていこうと思う。

Appendix

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Deep寿

Author:Deep寿
フリーランスの作編曲家
たまにピアノ弾き

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